これまで買収理由買収戦略シナジー買い手に働くインセンティブなどについて述べてきましたが、ここでは買収成功のポイントをまとめておきます。
以下は買い手目線で書いていますが、交渉相手となる売り手の経営者にも参考にしていただければと思います。

買収成功のポイント①M&A戦略を明確化する

まず企業の目的から考えて、業績(売上・利益)を伸ばしていこうとするのか、そして、業績を伸ばしていく場合、完全自前主義でビジネスを育てていくのか、M&Aを選択肢に加えるのかということになります。

M&Aを検討する場合は、6つの買収戦略、すなわち
「ライバル企業の買収」
「川上・川下への垂直統合」
「商品・サービスの拡充」
「規模のメリットの追求」
「周辺分野への進出」
「新規事業の獲得」
のうち、どこ(複数でも可)を狙っていくか、そして具体的にどのような業種の会社・事業を買収したいのかを検討します。もちろん買収戦略は全体の経営戦略と合致している必要があります。
あとは、買収検討対象となりうる会社の規模(売上・利益規模、従業員数など)、成長性、エリア、買収価格の上限などの基準をある程度定めておくことが望まれます。

これらは最初から厳密に定めるのが難しい場合は、実際の案件を検討していく中で徐々に基準を決めていくということでも構いません。
M&Aで失敗している会社は、はっきりとした戦略がなく、もち込まれた案件を行き当たりばったりで検討しています。一方、M&Aで成功、成長している会社は、このようなM&Aの戦略を明確にし、さらに定期的に見直しています。

買収成功のポイント②ニーズに合う案件情報を収集する

買収戦略が明確になれば、買収ニーズに合致する企業を探すことになりますが、案件の情報不足から、結局ニーズにあまり合致しない会社を買収してしまい、想定した成果を出せずに失敗に終わるケースがあります。M&Aも結婚と同じで、すべての条件を満たす相手を見つけるのは困難ですが、なるべくニーズに合致した買収を行うには、幅広く案件情報を集め、その中から厳選して投資すべきです。

売り手が仲介会社にM&Aの支援を依頼する場合は、情報の管理を一元化するためにも、信頼できる1社のみに依頼すべきですが、買い手が案件情報を集めるのに1社のみに限定する理由は何もありません。
M&Aの支援をしている会社は基本的にそれぞれ違う売却情報をもっていますので、情報力がありそうな複数のM&A仲介会社や金融機関に買収ニーズを伝え、幅広く情報を集めるべきです。ファンド・投資会社であればわかりますが、たまに事業会社でも「どんな業種でも検討します」という買い手企業がいますが、「何でも買うという会社は何も買わない」というのが仲介会社の常識ですので、①で述べたように、なるべく具体的に買収ニーズを伝えてください。

実力のある仲介会社であれば、一般的な業種の買い手を探すことにはそれほど困っていません。また売り手に買い手を引き合わせたあとに、買い手のマナーが悪かったり、買収資金がなかったりした場合は、仲介会社は売り手からクレームを受けてしまいます。
したがって、仲介会社は、態度が悪い会社やよくわからない会社には案件を紹介しません。とくに無名の会社かつホームページにもあまり情報がないような会社の場合は、買収ニーズを仲介会社に伝える際に、自社の事業内容、業績や自己資金額を、仲介会社に可能な限り開示したほうがいいです。

一度買収したことがある買い手は、今後も買収する可能性が高いことを仲介会社は経験則として知っていますので、過去に買収経験があればそれも伝えてください。このように買収意欲をアピールすることが、案件の紹介を受けるためには重要です。

我々のような仲介者・アドバイザーは常に買収意欲が旺盛な買い手を探していますので、案件情報を集めるためには、M&Aに積極的であることを広報することが効果的です。したがって、トップがメディア上で買収ニーズを語ったり、実際に買収したらプレスリリースしてメディアで取り上げてもらったりすると、持ち込まれる案件数が飛躍的に増えます。M&Aに積極的な会社として業界で認知されている会社の中には、毎月数十件の案件がもち込まれているところもあります。
また、仲介会社と一緒に、買収対象となる会社をリストアップして、仲介会社が売却意向を打診していく方法もあります。

買収成功のポイント③交渉上手になる

交渉上手になるというのは、必ずしも少しでもいい条件で買収するということではありません。M&Aの買い手としては、まずは売り手のオーナー社長に好かれることが重要です。なぜなら、売り手は「自分の好きな相手に売却したい」と思うものなので、好かれたほうが、交渉力が強くなり、条件交渉もしやすくなるためです。

オーナー社長はプライドの高い人が多く、また自分がこれまで育ててきた会社や社員を我が子のように考え、強い思い入れをもっています。しかし、実際には、売り手社長の感情を理解せず、上から目線の態度で接したり、信頼関係を築く前に条件交渉を始めたりして、売り手社長から振られてしまうことがよくあります。

たまに条件交渉を有利にしようとしてか、売り手の前でわざとそれほど興味のないそぶりをする買い手もいますが、これも逆効果です。感情的に嫌われてしまえば、条件交渉の場に進むことさえできなくなってしまいます。こちらから交渉を打ち切ることはいつでもできるので、まずは相手に誠実な関心を寄せ、売り手社長の心情に十分配慮して協議を進める必要があります。「好かれること」と「シビアな条件交渉をすること」は別問題と心得ておくべきです。

また条件交渉は、あとからデューデリジェンスであら探しをして、いやらしく減額交渉をするぐらいなら、多少の減額要因は大目に見るつもりで最初からやや低めの価格を提示して「デューデリジェンスで多少の減額要因が出てきても価格は下げない」と宣言して、それで納得してもらうように話をしたほうがいいでしょう。売り手には引き継ぎや社員、顧客の引き留めに協力してもらう必要があるので、気持ちよく売却してもらったほうが、少しくらいの値引き額よりよほど利益が大きいといえます。

買い手と売り手との間には「安く買いたい」「高く売りたい」のように真っ向から対立している利害もありますが、必ずしも対立していない利害もあります。とくに、譲渡後も対象会社が成長・発展することは売り手、買い手の双方が心のなかから望んでいることです。
また自分と相手のインセンティブをよく理解して、自分が重視していて相手が重視していない点について相手に妥協を迫り、その反対に、相手が重視していて自分が重視していない点については譲歩するなどして、条件の合意を目指すことができます。

買収成功のポイント④シナジーを正しく評価する

買収対象が同業や周辺分野の会社であれば、自社とのシナジーを「想像」するのは比較的簡単です。しかし、そのシナジーが本当に「実現」するとは限りません。
シナジー創出を目指すといっても、売上増やコスト削減など具体的にどのようなシナジーを目指すのかを明確にしておく必要があり、またM&Aによるマイナスの側面である負のシナジーも考慮に入れておかなければなりません。現実的なシナジーを評価できていないと、買収しても、結局、「正のシナジー」がなく「負のシナジー」だけだったということになりかねません。

たとえば、相手の商材を自社の顧客に売って、自社の商材を相手の顧客に売るというクロスセリングをシナジーとして想定していたとして、これが本当に実現できるのか、各顧客のスイッチング・コストはどれくらいで、何社が乗り換えてくれそうかなどを事前に慎重に検討する必要があります。また、周辺事業の会社を買収する場合も、実際には「市場・顧客」も「商品・サービス」もずれていて、「規模の経済」も「範囲の経済」も働かないということもあります。

M&Aにはシナジーが必要不可欠というわけではありません。シナジーはなくても、企業戦略に合致していて、適正な金額で買収し、買収後その事業を伸ばして企業価値を向上させることができれば、シナジーの有無は問題になりません。注意すべきは、シナジーを過大に見積もり、その結果過大な買収金額を投じて、自らの企業価値を毀損してしまうことです。

買収成功のポイント⑤適正な買収価格と手数料を支払う

買収価格は、現状および過去の業績、財務内容、シナジー、将来の事業計画などを検討して決定することになります。
その際、楽観的な事業計画を鵜呑みにして価値を算定してしまうと、買収価格が過大となり、投資資金を回収できなくなってしまいます。過去の成長性が将来の成長性を約束するわけではなく、また企業価値評価でときに想定される「永続的な成長」というのは実際にはありえません。

しかし、魅力ある売り手企業に対しては、複数の買い手が競合している場合がほとんどですので、通常は相場価格を大きく下回る金額では買収できません。売り手がどこまで価格にこだわりがあるかにもよりますが、やはり一般的には相場価格前後の金額でないと買収は難しく、買収価格を絶妙に設定して売り手側にオファーする必要があります。

また、当然ながら、デューデリジェンスや仲介手数料などの費用も買収コストに含めて総投資額を考える必要があります。仲介手数料は、各社によって、着手金・中間金の有無や成功報酬額に大きな違いがあります。

買収成功のポイント⑥リスクをとる勇気をもつ

M&Aにはリスクがつきものです。将来の事業計画が実現するかは誰も保証できないので、リスクのないM&Aはない といえます。
デューデリジェンスにおいても、担当する会計士や弁護士は対象会社のリスクを数多く列挙して分厚いレポートをつくりますが、なかにはM&Aが破談することを望んでいる会計士や弁護士もいるかもしれません。なぜなら、もしM&Aが成立して、そのあとに何か見落としていた大きなリスクが出てくれば責任問題になりますが、そもそもM&Aが破談して不成立となれば、そのようなことが起こる恐れはなく、枕を高くして寝ることができるためです。

リスクヘッジとして「表明保証保険」という手段もありますが、すべてのリスクをカバーできるわけではありません。
したがって、デューデリジェンスで指摘されたリスクが本当に本質的かつ重要なものなのかを一つひとつ買い手自身が見極める必要があります。つまり、買い手としては、「負えるリスク」「負えないリスク」を見極め、買収を見送るか、一定のリスクを負うか決断することが求められます。やめる理由はいくらでもあり、すべてのリスクを潰そうとすれば、M&Aなどひとつもできないということになります。

ところで、買い手の中には一律の企業価値の評価基準をもっているところがありますが、M&Aで成長を目指すにはそれが足かせになることもあります。たとえば、どのような会社に対しても「時価純資産+過去3年の平均営業利益の4年分」を買収価格の上限とするというような基準です。このような基準をもつことで、高値掴みは防げます。
しかし、対象会社がまさに買収ニーズのど真ん中であり、大きな成長性があり、ほかにも多数の競合の買い手がいれば、一律の評価基準では買収できないこともあります。買い手としては企業価値の評価はある程度柔軟性をもたせて、ときには勝負することも必要でしょう。

買収成功のポイント⑦買収後の経営責任を明確にする

買収後の経営責任があいまいで失敗する場合とは、M&Aを検討する部門・人と、買収後の経営を担う部門・人が別で、後者が買収後にいやいや経営を任されるケースです。そうすると、「業績が伸びないのは、そちらの経営能力の問題だ」「誰がこんな会社の買収を決めたのだ」と責任のなすりあいになります。当然のことながら買収できればそれでいいということはなく、買収後の種々の統合作業、経営手法の移植、シナジーの創出などが極めて重要です。

したがって、買収後に経営責任をもつ部門・人がコミットして、買収の検討、デューデリジェンス、条件交渉に関わる必要があります。そのうえで、買収後の統合のロードマップを描き、明確な経営目標と経営責任のもと、能力とモチベーションが高い者が買収後の対象会社の経営に関与しなければなりません。

買収後の統合(PMI)についてはここでは詳しく述べませんが、重要なことは統合の仕方はケースバイケースで一番合う方法を見つけなければならないということです。買い手と売り手のそれぞれのビジネスモデル、企業文化、制度によって統合の仕方は変わってきます。
買収後にできるだけ早く同化させたほうがいい場合もあれば、なるべく独立した経営、制度を維持させたほうがいい場合もあります。とくに、企業文化、ワーキングスタイルがまったく異なる会社を拙速に同化させようとすると、社員が混乱し、モチベーションが下がり、ひいては社員の離職や業績悪化につながります。